もっと知りたい輪島塗のこと

漆(うるし)

私たちの祖先は、約7千年以上も前から、食器や装身具、弓矢や甲冑などの武具、家具や建物までもと、身の回りのあらゆるものに漆を塗って生活してきました。

約7千年以上も前というと、日本は縄文時代です。

手や唇に伝わる温かな漆の肌合い。

風雪を経てなお深い味わいと美しさを湛えた(たたえた)朱漆の風合い。

吸い込まれるような漆黒に映える蒔絵や沈金の輝き。

小説家谷崎潤一郎は、著書「陰影礼賛」のなかで、障子越しの柔らかな光に浮かび上がる蒔絵の美しさを、これぞ日本の美と絶賛しました。

漆は日本ばかりでなく、朝鮮や中国、東南アジアでも広く使われてきましたが、日本ほどに漆を愛用し、漆芸の技を多彩かつ高度に練り上げてきた国はありません。

漆はまさしく日本の心なのです。

◎日本最古の漆器・漆と精神文化

近年の考古学調査によって縄文時代から漆の樹液が多く利用されていたことが明らかとなりました。

現在確認されている最古の漆芸品は、能登半島の三引遺跡(みびきいせき:石川県七尾市)から出土した漆塗櫛です。(縄文前期・約6800年前)

縄文時代の櫛は、呪術者(シャーマン) の頭部を飾る神聖な道具でした。
多くは赤色漆塗りです。

赤色は、再生を象徴する色。漆は赤色の顔料(ベンガラや朱砂)を混ぜることで、より光沢と深みを増した麗しい赤色に変化します。
またその強い塗膜によって朽ちることなく英恵印性を保ちます。
このようにして漆は、呪具 を飾る必須の塗料となりました。

触れるとかぶれる漆に恐れを抱きつつ、鮮やかな生命の色をたたえる漆は、信仰にも似た畏怖と憧れの気持ちで扱われたのではないでしょうか。

漆(うるし)とは「漆の語源は麗し(うるわし)」

漆とは、うるしの木からにじみ出る液体です。
漆の木は、枝が折れたり、虫や動物に傷付けられた時に、漆をにじみ出し傷を守ろうとします。

漆は、強い接着力と艶やかな光沢をもっています。
漆(うるし)の語源は、「うるわし(麗し)」とも「うるむ(潤む)」ともいわれ、採り方

水に濡れたようなみずみずしい漆の艶やかさをあらわしたものです。
漆という漢字にも、水と木と人の要素が込められて、漆の特徴を良く表しています。

漆の採り方「1本の漆木からひと夏で取れる漆はたった200グラム」

参考ブログ記事:漆1キログラムの値段知っていますか?

漆はとても人に近い樹木です。
漆木は、人里に近い里山に植林され大切に育てられます。
十数年かけて漆木が十分に成長したら、漆掻き職人さんは、5日ごとに山へ通い、鎌で幹に傷をつけ、にじみ出る漆液を集めます。
1本の漆木からひと夏かかって採取される漆はわずか200グラム程度、これはお椀をようやく10個ほど作ることができる量に相当します。

漆を採取した木は、枯れてしまいますので、秋には根元から伐り倒し、新芽を再び育てることを繰り返します。
「漆の一滴は血の一滴」と、職人さんは漆をとても大切に扱います。

漆の木、十余年で殺しがき

漆器の塗膜は天然樹脂。まず樹液を得るのに時間がかかります。

果樹が実るまで、桃・栗三年、柿八年と言います。
漆の木は十余年。子供が生まれて中学にあがる頃、樹液がもっとも良く出る樹齢に達します。
十余年を経た漆の木に、最初に少し傷をつけると、漆の木は驚きます。
全身に知らせが廻るらしく、傷をふさぐために樹液が集まってきます。

季節によっても漆液の出がちがう。

はつかりの漆、さかりの漆と採取した時期にわけます。

最後には気を伐り倒し、うるし液を取りきります。この方式の漆かきを「殺しがき」と言います。

こうしてしぼりとった漆液は、一本の木から牛乳瓶1本(200CC)がせいぜい。
下地からお椀を塗ったら、数個しか塗れません。

漆はとっても強くて丈夫「いったん固まった漆を溶かす方法はありません」

漆はとっても強い素材です。

毎日暑い味噌汁を注いでもその熱や塩分にビクともしません。
また酸やアルカリにもとても強く、金さえも溶かしてしまう王水という強酸にも耐え、いったん固まった漆を溶かす方法はありません。
考古学調査で発見された何百年いや何千年も土に埋もれていた漆器が、ツヤツヤとした光沢を保って発見されることに漆の強い耐久力が証明されています。

漆は生き物?

「その日の天候によっても漆の仕上がりが変わるのです」

漆は生き物と言われます。漆木の生えていた場所、採取した時の天候、漆掻き職人さんの腕前によっても漆の性質は微妙に異なります。
塗師は漆の性質の微妙な違いを読みとり適材適所に漆を使い分けます。
粘りが強く、乾く力も強い漆は下地塗に、さらさらとして粘度が低くの身の濃い漆は上塗りへ、特に濁りの少ない透明度の高い漆は透漆へといった具合です。

特に重要な上塗り漆は作ってもすぐに使われることは少なく、何年も寝かせて漆の性質が落ち着いてから、さらにブレンドを繰り返し、ようやく望ましい上塗り漆が出来ます。
それでも漆が乾くときはとても気難しく微妙なのです。

全く同じ漆を塗っても、その日の天候によって、仕上がりの色艶が異なってしまいます。
早く乾きすぎるとチヂミが起きたり、塗膜表面の艶が失せて乾いてしまうこともあります。

塗肌にわずかな指紋が残っていたり、唾が飛んでいても失敗の原因となってしまいます。

漆が生き物と言われる所為です。

職人は長年の経験と勘を頼りに、漆をなだめすかすように慎重に扱っているのです。

漆は雨の日の方が早く乾く?

職人さんは漆が乾く・・・と表現しますが、正確には「漆が固まる」。
漆は、成分に含まれる酵素の働きによって、空気中の酸素を取り込み、分子と分子が手をつなぎあって非常に丈夫な幕を作ります。
この酵素が働くためには適度な音素と高い湿度が必要とされます。
ゆえに漆は湿度が高いほど早く「乾く」のです。

輪島の上塗り職人は、工房の奥まった土蔵の二階に据えられた塗師風呂を適度に湿らせ、この中で静かにゆっくりと漆を乾かします。

乾く、のではなく固まる

樹液のカサブタは、水分を蒸発させて乾くのではなく、むしろ空気中の水分を吸って、高祖の作用で硬化するのです。

乾かすんじゃなくて、固まらせる。これが漆塗の原理なのです。
職人もみな「乾く」「乾かす」と言っているので、ここでも乾く、と表現しますが、誤解しないでください。

漆器は器体に漆液を塗っては乾かし、乾いたら塗り重ねをくりかえします。
暑く塗りすぎると空気にさらされない層がなかなか固まらない。薄すぎると塗が弱い。ちょうど良い暑さに塗って乾かし、乾いたらまた塗る。これが手間なんです。

じつは乾かすのではなく、固めるのですから、早く固めるために湿度の高い室(むろ)=風呂や、しめ箱に入れて待ちます。

漆は乾く、のではなく固まるのだと言いました。湿気を含んだ空気を吸わせて固まっていくのを待つ。これを「ねかせる」と言います。

漆液を厚く塗ると、中の方は空気にふれないのでいつまでも固まらない。適度な厚みに塗って、よくねかせる。

塗ってねかせ、塗ってねかせ、のつみかさね。

三日ねかせるより、十日ねかせる方が丈夫になる。
十日より半月、半月よりひと月、ねかせるほどよい。

その事を良く知っている人は、工程の途中で一年ほど使いまわして、そのあと仕上げてもらうことさえあります。
「寝る子は育つ」と言いますが、よくねかせた漆器は丈夫な障害が保障されるのです。

いいもの欲しかったら、待ってほしい

「漆器の時間」からみると、「いいものがほしい」のと「すぐ欲しい」の両方をかなえる事は矛盾なのです。

およその日数は、ひと塗り二週間とみていいでしょう。

下地付けも漆で地の粉を固めるのだから、一辺地につき二週間。
「輪島塗」の伝統工法では三辺地だから、六週間かかります。

輪島塗のあらまし

日本海の中央に大きく突き出した能登半島の突端に位置する輪島市は、人口が3万人足らずの小さな街ですが、
堅牢優美な漆器「輪島塗」の産地として多、くの人々にその名を知られています。

輪島に輪島塗が発展してきた理由はさまざまあると考えられます。

まず、近隣にアテ、ケヤキ、漆、輪島地の粉(じのこ)などの漆器の素材となる良材が豊富にあったこと。
早くから日本海航路の重要な寄港地として、材料や製品の運搬に便利であったことなどです。

しかし、その最も大きな理由は、輪島塗の生産・販売に携わってきた多くの人々が、輪島塗の品質に誇りを持ち、技術を磨き続けて今日まで受け継いできたことにあるといえるでしょう。

今日も、輪島塗は100工程を超える丁寧な手仕事の積み重ねで作られています。
昔と変わらぬ工法は一見非効率とも思えますが、お客様の御注文に細やかに対応して高品質の漆器を納める為に、最も適応した製法であると言えましょう。
各工程に携わる職人が、長年にわたって試行錯誤を繰り返して決定した工程は、省力化の余地を見つける事ができないほどに合理的に洗練されたものなのです。

 

輪島塗を磨いた行商制度

輪島の塗師屋は江戸時代より自分が作り上げた輪島塗を背中に全国のお客様を一軒一軒訪ねて商売をする行商制度を守ってきました。
今日でいう訪問販売のスタイルは、富山の薬売りが全国的に有名ですが、輪島塗も早くから訪問販売のスタイルを行ってきました。

お客様とじっくり話し合って、注文を受け、納得頂ける高品質の漆器を納める。輪島塗は一品のオーダーメイドもお気軽に承ります。
輪島塗の高品質は、行商先で出会うお客様の厳しい目によって磨き上げられてきたのです。

旅館や料理やなどの使い回しの激しいところは、よほど品質に自信がなければ取引が続きません。
堅牢が定評となりそれでも傷んだものがあれば「なおしもん」(修理)をしてアフターケアにも努め輪島塗の信用を築いてきました。

ある老舗の塗師屋の問わず語り、「行商は、品物に信用を得て、同業仲間やご親戚を紹介していただき、またそこからご紹介をいただいてお得意様を増やしてきました。
古くは三代続くお得意様も珍しくありません。」

現在でも輪島の多くの塗師屋は、車の荷台に輪島塗を満載し、全国のお客様を一軒一軒訪ねています。

また、近年は都会のデパートや専門店での販売や、お客様が輪島へ来て求めることも多くなってきました。

分業の発達

輪島塗の高品質は、塗師屋を中心として、高度に専門化した分業システムによって生み出されています。
塗師屋はある商品を造ろうとするとまず木地師に木地の制作を依頼します。
出来上がった木地は下地塗や研物(とぎもの)上塗り職人によって塗りあげられ、更に加飾がされる場合は蒔絵や沈金、呂色等の職人に外注され、完成した製品が塗師屋に戻ってきます。
輪島塗は、この間およそ7~8人の専門職人の手を次々と経て完成されます。

半製品があちらの工房、こちらの工房と移動して、まるで輪島の街全体が一つの工房であるかのように密接に結びついて製品が仕上がってゆきます。

輪島塗の工程はいずれも高度な熟練を必要とします。工程を細分化することで作業の制度を高め、また能率をも高めようとした結果です。

「輪島六職」(椀木地・指物(さしもの)木地・曲物木地・塗師・蒔絵・沈金)と呼ばれる分業制度は既に江戸時代後期に完成され、後にさらに分業の細分化が進み、現在は11職を数えています。

漆の仕事は徹頭徹尾が積み重ねです。木地の乾燥が充分でなければ、どんなに華麗な蒔絵で飾ろうとも歪んだお椀になってしまいます。
下地塗が不完全では、上塗りにも冴えた色艶は望めません。
その道その道の職人が、前後の工程を担当する職人の仕事に敬意をこめて、更に渾身の手業をかさねてゆく。
輪島塗の生産システムは、高度に専門化した職人の手と手を結び合わせて、各工程が確実に積み重なり高品質の漆器を生み出します。

輪島塗の製作風景

1.木地

椀木地:ロクロを挽いて椀・鉢・皿などの丸いものを作ります。材料は ケヤキ・ハンサ(ミズメサクラ)などを使います。
道具はロクロの他、カンナ・櫛研・カイ型など。特にカンナは椀木地師が鍛冶道具を使い、全部自分で作ります。

椀木地にする木は100年以上

椀木地にするケヤキの木は樹齢100年以上が伐りどきです。
太さも椀木地を4つとるのに充分になります。それ以上放っておくと老木となり、枯死に至ります。
また利用できるのは木の根元から4メートルあたりまで。それより上は、風などによって繊維がよじれたり切れたりしているので、薄い椀木地にするとあばれたり、ハゼたりして始末に負えないのです。最低100年かけて育てたケヤキの木1本から採れる椀の数は約100個。
伐採した材は、ひずみをとり、樹脂をぬくのに山で3年枯らし、里へおろして一年ねかし、荒取りをして+一か月燻煙乾燥します。
木地に引くまでの歳月は、100年+3年+1年+1か月。

指物(さしもの)木地:角物木地ともいいます。材料は、主にアテなどを使い、重箱・硯箱・膳・角盆などを作ります。
道具は、鋸(のこぎり)・鉋(カンナ)・鑿(のみ)・卦引・さし類の他、ホゾ刳り(くり)型・足刳り(くり)型などの型類。
昇降盤や自動鉋(カンナ)などの木工機械もよく使います。

曲物木地:薄い板をみずに浸し柔らかくして輪に曲げ丸盆・轡(くつわ)型盆・弁当箱などを作ります。
材料は主にアテの柾目板を使います。
道具は、木工機械類に加えて鋸(のこぎり)・鉋(カンナ)・割木羽用の鉈(なた)など、特に尺杖と呼ばれる円周定規やコロガシと呼ばれる曲げ物用の型を使います。

朴(ほお)木地:猫足・片口や銚子の口などの複雑な形を削り出す刳物(くりもの)師。
材料は、ホオ・カツラ・アテなどを使い座卓・棚・花台・卓などを作ります。
道具は、木工機械類に加えて、鋸(のこぎり)・鉋(カンナ)・鑿(のみ)・小刀・さし類・型類などですが、特に複雑な局面を削る為の豆鉋(マメカンナ)を多く使います。

2.塗り

丈夫さの秘密 輪島地の粉(わじまじのこ)

輪島塗の包み紙には、「大極上 布着せ 本型地」と判が押されています。
丈夫な品質の保証表示です。

では、輪島塗の堅牢さはどこから生まれるのでしょうか?

まず、上質な漆を惜しまずに多量に使うことより生まれます。
布着せとは、椀の縁や高台などの木地が薄く割れやすい部分や、箱の継ぎ目などに漆で布を貼って補強する事です。
これも輪島塗を丈夫にする大きな要因です。

本型地(ほんかたじ)とは、「輪島地の粉」と呼ばれる特殊な土を漆に混ぜて下地塗に使うこと。
輪島地の粉とは、輪島市内で採れる良質の珪藻土を燻焼し粒度を篩(ふるい)にかけた粉末です。

輪島地の粉は、例えると堅いガラス質で作られた微細なスポンジのようなものです。
微細な孔に漆が浸み込んでがっちりと固まると、非常に堅く丈夫な下地層を作り上げます。

粒子の粗いものから細かなものへ一辺地・二辺地・三辺地と数回塗り重ね、丈夫さと共に緻密な肌を作ります。

輪島地の粉を使った本型地を塗ためには、アテのヘラを使います。
木ヘラは下地職人が器の形にあわせて、微妙なしなりをつけるように削ります。
粘りの強い本型地を器物の形に合わせて薄く均一に塗るためには、高度な熟練技が必要とされます。

輪島塗の丈夫さは、先人が永年の試行錯誤の結果として本型時にたどり着いたものと、その工夫と努力には頭が下がるばかりです。
今日も輪島の塗師は、毎年6月に漆祖祭を催し、先人の徳を偲んでいます。

下地

下地塗は木地の継ぎ目や小節を補正し、傷みやすい部分を補強し、丈夫で緻密な塗肌をつくる工程です。
また同時に器の微妙な姿、形を整える工程でもあります。
道具は、まな板(作業台)・夢棚・塗師小刀・内鉋(かんな)・外鉋(かんな)・床鉋(かんな)・ヘラなどを使います。
研物(とぎもの)では、研物ロクロ・荒砥石・地研砥石・耐水研磨紙などが使われます。

上塗り

上質の上塗漆を数回に分けて刷毛で塗ります。ごみとり刷毛で細かなチリを払い、渡し刷毛で適量の漆を荒付けしてから、仕上げ刷毛で仕上げ塗します。

作業中に付着したチリは、鳥の羽軸や蒔絵筆で丹念に拾い上げ、漆が垂れないように開店風呂で反転させながら乾燥させます。
刷毛・ヘラ・回転風呂・湿風呂などを使います。

うるしのつや 塗立と呂色

漆塗の仕上げ方には、大きく分けて塗立て仕上げと呂色仕上げの二通りがあります。
塗立仕上げとは、花塗とも呼ばれ、上塗りをそのまま乾かしあげて仕上げる方法です。
ゆえに失敗の許されない一発勝負。
輪島の上塗り職人は、漆を吟味し、空を見上げて(天候が仕上がりに影響するため)塗ムラや刷毛目も残さずに上手に上塗りを仕上げます。

塗立仕上げの風合いは、表面が反射するだけでなく、底艶と呼ばれるキラキラとした光を包み込んだような奥深い光沢があります。
このしっとりとして柔らかな肌合いは、漆という素材が持つ最も基本的な美しさのひとつといえるでしょう。

一方、塗りあがった上塗りの表面を、更に平滑に研ぎ、鏡のように磨き上げるのが呂色仕上げです。毛筋ほどの傷も残さず、最後には人の柔らかな肌と脂で磨き上げる繊細な仕上げです。塗立て仕上げを健康な素肌美人に例えれば、呂色仕上げはさしずめキリリと引き締まった化粧美人といった風情です。
どちらの艶も、長く使い続けていると、使い艶がついて光沢を増してきます。

上質の工芸品は、完成度が最良ではなく、更に使い込んでますます愛着がわき、風合いや価値が増すものなのです。

3.加飾

沈金・蒔絵のはじまり

輪島塗の塗の堅牢さに加えて、今ひとつの大きな特徴となるのは蒔絵や沈金の美しい装飾です。
歴史的には、庶民の実用漆器であった輪島塗にとって、御蒔絵と呼ばれるような豪華な蒔絵は必要とされず、替わって沈金が大いに発達したようです。

輪島の沈金技法は、江戸時代享保期に輪島の大工城五郎兵衛が、中国渡来の鎗金作品を参考にして始め、その子専助(後に雅水と号する)が京都に絵画を学んで完成したと伝えられています。

輪島塗の厚く重ねた丈夫な塗は、沈金彫りを自在に深く彫り込むことを可能とします。

蒔絵に比較して安価に、しかも丈夫に装飾をほどこせる沈金は、輪島塗に適した加飾技法として、その後大きく発展します。

輪島における蒔絵の始まりは、江戸時代文政期に会津より蒔絵師安吉なるものが輪島に移住して蒔絵技法を伝えたことに始まると伝えられます。
毎時時代に入り日本各地の御用蒔絵師が維新によって職を失い、輪島に移住して、徐々に蒔絵が盛んになります。

呂色(ろいろ)

上塗りを研炭で更に平滑に研ぎ、漆を刷り込みながら磨くことを繰り返し、鏡のように透明な艶を出します。
最後は毛筋ほどの傷も残さずに、人の柔らかな肌と脂で磨き上げる繊細な工程です。
艶上げ以外に、梨子地塗や石目乾漆塗などの変わり塗も、呂色師が担当します。

蒔絵(まきえ)

和紙に描いた下絵を転写した置目(おきめ)に添って、漆で文様を描き、金銀粉などを蒔き付け、更に漆を塗固めるなどした後に、研磨して金銀の光沢を表します。

蒔絵には、平蒔絵(ひらまきえ)・研出蒔絵(とぎだしまきえ)・高蒔絵(たかまきえ)・肉合研出蒔絵(ししあいとぎだしまきえ)・螺鈿(らでん)・平文(ひょうもん)などの多彩な技法と表現方法があります。

道具は、蒔絵筆・粉筒・爪盤・文廻しなどを使います。

沈金(ちんきん)

和紙に描いた下絵を転写した置目(おきめ)をあたりに、各種の沈金ノミを使って文様を彫ります。
彫り終わると、薄く漆を塗り込み余分な漆は和紙で拭き取ります。
金銀の箔や粉を文様に押し込み固着させた後に、余分の箔や粉を拭き取ると鮮やかな文様が浮かび上がります。

漆芸作家の王国

昭和2年、帝国美術展に工芸部門が新設され、工芸作品が絵画や彫刻と並んで芸術作品として評価される機運が高まりました。

輪島からは、後に沈金の人間国宝となる前大峰(まえたいほう)と蒔絵師の竹園自耕(たけそのじこう)が初出品、初入選を果たします。

翌年には、早くも前大峰が最高賞特選を受賞し輪島の実力を全国に知らしめます。
当時において地方の無名職人がいきなり特選を受賞することは大変センセーショナルな出来事で、輪島では市民総出の提灯行列でこれを祝ったほどでした。

その後、両氏の門下には多くの漆芸作家が輩出し、大戦前後の非常に困難な時期にもかかわらず、毎年のように輪島から受賞を果たすほどに、漆芸作家の活動が盛んとなります。また、漆芸作家は、産業分野においても、輪島塗の発展に大きな影響を与えました。
従来の堅牢質実な輪島塗に、蒔絵や沈金の技を駆使した華麗な装飾を加えて、飛躍的に商品の付加価値を高めてゆきました。

現在輪島には、百人以上の漆芸作家が技を競い、毎年開催される日展や日本伝統工芸展の漆芸部門入選者の四分の一は輪島の作家が占めます。
県立輪島漆芸技術研修所には、全国から漆芸作家を目指す若者が集まってきます。
近年は公募展にとらわれず、より自由な発想で漆を表現する作家も増えてきました。

輪島塗の歴史

ジャパンと呼ばれる漆器は、日本を代表する工芸品として高い評価を受けてきました。そして、近年の考古学調査は約6800年前に漆の樹液が縄文人によって利用されていたことを明らかにしました。
その最古の塗り製品は、能登半島田鶴浜三引遺跡から出土した堅櫛です。

このように縄文時代より現代にいたるまで、脈々とその伝統を受け継いできたところが能登半島であり、輪島塗です。

輪島塗の特色は他産地に見られない堅牢な下地にあります。
それは木地のうえに地の粉とよぶ珪藻土の焼成粉末を漆に混ぜて塗る本型地の技法で、微細な孔を持つ珪藻核の粒子に漆液がよくしみこみ、化学的にも安定な吸収増量剤となることが確かめられています。

この技法は周辺の大屋庄内の中世遺跡出土漆椀にみられることや、文明8年(1476)年の記録には分業化した塗師の存在が知られることから、室町時代には領主温井氏の保護を受けて産地が形成されていたと考えられるようになりました。

中世の輪島は「親の湊」とよばれ、日本を代表する「三津七湊」(港湾)の一つでした。港湾都市として周辺の木地師達を吸収し、分業的生産・販売を行って発展したものが輪島塗と言えるでしょう。
江戸時代中期から後期にかけて、堅牢な塗を活かした華麗な沈金技法の採用と、椀講と呼ばれる頼母子講(たのもしこう)の普及によって全国的に知られるようになりました。

近代に入ると本格的な蒔絵技法が導入され、塗り・加飾ともに他産地を凌駕する勢いとなりました。
作家も故前大峰氏(人間国宝)をはじめとして多数輩出し、日展・伝統工芸展等の中央展常連作家は100余名を数えます。

現在輪島塗は、全国漆器産地の中でただ一つ、重要無形文化財の指定を受け、漆工技術の継承・発展に努力を重ねております。

エコロジー素材・うるし

高分子化学(プラスティック)を長年研究している科学者が、「漆は近未来に最も注目される樹脂であろう」といっています。

漆は自らが固まるための優れた機能を内に含んでいるために、危険な化学物質である溶剤も触媒も必要とせず、通常の温度や圧力の環境下で優れた塗膜を作ります。

現在私たちはさまざまな合成樹脂や化学塗料に囲まれて生活していますが、漆と同等の優れた合成漆は未だに作ることができません。

自然の恵みである木材に、天然素材である漆を塗り重ねて作る輪島塗は、微少なエネルギーしか使わず、有害な副産物を発生させることなく、環境を汚染したり、自然を破壊したりすることが少ないエコロジカルな産物と言えます。

百年成長した木は、百年活かしてつかってあげたい。
自然と共生し、限りある資源を有効に使おうとする輪島塗ならば、可能なことなのです。

輪島塗の特徴

1.天然素材をもってよしとする

「自然素材」が輪島ブランド

天然木の木地に漆を塗る輪島の漆器は、素材が100%ナチュラルであることが第一の特徴。
もう一つの特徴が、徹底した手加工です。

自然の樹木にはそれぞれ個性があります。だから天然木でつくった器体には、ひとつひとつ微妙な癖があります。
輪島では、手でその癖を理解し、読み取りながら、いとおしんでつくります。
そうすると時間が経っても形に狂いが出ません。

その代り、手仕事は時間がかかります。蓋付きの椀木地で一日せいぜい10~20個しかつくれません。

2.地元輪島特産の「地の粉」を使った、しっかり下地

3.いじめられる端っこを丹念に布着せ、地縁引き(じぶちびき)

見えない下地が大事

漆器の上縁や底の糸輪のように、傷つきやすいところは下地付の工程ごとに、生漆(きうるし)を塗る輪島独特の「地縁引き(じぶちびき)」をしています。
見えないところの工程の差がのちのち必ず見えてくる。
輪島の職人は、「のちのちの評判」を守ってきたのです。

4.堅牢第一の評判をとった本型地(ほんかたじ)

本格工程、本型地

布着せをして補強した上で、輪島で産する下地材「地の粉」を用い、一辺地・二辺地・三辺地と下地付を繰り返し、漆を塗り重ねる本型地(ほんかたじ)と呼ぶ工程が、堅牢を第一とする輪島の漆器の信条です。

「堅牢」が輪島の定評

木地の燻煙乾燥、下地付け、塗重ねといった、本格工程を守る輪島の漆器は、使用頻度の高い寺社や料理屋の食器として「輪島物は堅牢」の定評を得てきました。

塗師屋の方も親の代から子の代に引き継がれています。
同じようにお客様の方も親の代から子の代へわたって注文を下さる。
永井おつきあいの中で「堅牢さ」は立証され、信用をはぐくんできたのです。

5.塗り重ねて、ぶ厚いふくらみのある塗り

塗膜が厚い

うるし駅は塗って乾いたら、また塗って、、、。塗り重ねるほど丈夫な塗膜になります。
椀木地でいうと、蓋付きの椀の蓋と身の間に、塗の厚みを考慮した成蹊が必要です。

 

6.競い合う加飾の技

輪島ならではの加飾・沈金

蒔絵は、漆器の表面ににのせる加飾。
沈金は、漆の塗膜を彫り込んで金銀の箔や粉を埋める加飾です。
漆の塗厚が十分でなければ、沈金の深彫りは不可能。まだ硬くなりきらない漆の肌に、刃先で彫った繊細な線画で自在な加飾のできる沈金は、輪島ならではの技法です。
しっかりした下地に支えられた、厚みのある上塗り、だから彫り込めるのです。

7.品の良い底艶

底艶(そこづや)・しっとりとした華やぎ

漆器と言えば、顔が映るようなツルツル、ピカピカの表面仕上げを想像しがちです。
でも漆の色艶はそれだけではありません。
輪島がこだわっているのは、底艶です。
光を表面で反射させるのではなく、膜の底に包んではねかえす。しっとりとした華やぎのある艶。気持ちのなじみこんでいける気品があります。

底艶も時間をかけて

塗膜の表面がツルツルピカピカ反射するのではなく、塗膜の底から光がかえってくる、しっとりとした艶を底艶と呼ぶのだと言いました。

底艶(そこづや)とは、時間の経過とともに漆塗膜の透明度が増してきたものです。
使っているうちに表面の反射は無数のすり傷によってうすれていき、底艶に変わってくるのがよい漆器。
漆器を使いこんでいくと、当然細かい傷がついてきます。それが、底艶、使い艶がでてくると気にならなくなるのです。

8.「なおしもん」ができる輪島物

工程ごとにしっかり完成させている輪島物は、工程をさかのぼってやりかえし、塗り替え志賀できます。修理=「なおしもん」ができるのも輪島の特徴です。

人にも時間がかかる

漆職人の年季奉公は、もと8年、いまは4年となっています。
昔は親方も兄貴分も仕事を教えてくれなかった。
仕事を盗み覚えて八年。いまは手をとって教えてくれるように変わってきて、まあ4年で一人前扱いになる。
でも本当に腕につけられるのは、ひとつの専門だけ。六職のすべての道をおさめようとしたら、昔なら8×6=48年。12歳から始めて、もう還暦です。
六職八業の道みちの人が仕事を受け取り、渡していく専門分化が成り立ってこそ、製品は完璧が期待できるわけです。

知っておきたい輪島塗・事典

漆の種類

生漆(きうるし)
漆の木から採取した漆液から、大まかな不純物を濾過しただけの漆。主として下地に使われます。

黒漆(くろうるし)
生漆と鉄(水酸化鉄)との化学反応で作られる黒色の漆。

朱合漆(しゅあいうるし)
生漆を精製した漆で、飴色半透明。黒漆以外の色漆は、この朱合漆に顔料を加えたもの。
梨子地漆(なしじうるし)
朱合漆よりさらに透明度の高い漆。金銀の蒔き付けなど、漆の透明度を要求される場合に使います。

油なし・呂色漆(あぶらなし・ろいろうるし)
油分を添加していない上塗り漆。呂色で艶をあげるのに適しているため、呂色漆とも呼ばれます。

花塗漆(はなぬりうるし)
油分を添加した上塗り漆。油なしより少し光沢をもった仕上がりです。

絞漆(しぼうるし)
漆に卵白や豆腐などのタンパク質を加えると流動性がなくなる性質を利用した塗り方。
色々な変わり塗に利用します。

 

知っておきたい輪島塗・事典

代表的な仕立て(塗り方)

呂色仕上げ(ろいろしあげ)
油分を加えない漆で上塗りを終えたあと、研磨と生漆を刷り込む工程を繰り返し、艶(光沢)をあげる仕上げ。蒔絵の物はほとんどこの仕上げです。

塗立て・真塗(ぬりたて・しんぬり)
呂色の工程をしない上塗り仕上げ。艶が少なくしっとりとした感じで、茶道の世界では黒の塗り立てを真塗と呼び、くらいの高いものとされています。

花塗(はなぬり)
油分を加えた花塗漆を塗っただけのもの。少し厚めに塗って、とろりとした感じになります。(←?????)

溜塗(ためぬり)
朱漆の中塗りの後、半透明の朱合漆(透漆・溜漆ともいう)で上塗りしたもの。
上塗りの塗膜の奥から中塗りの朱色が透けて落ち着いた仕上がり。中塗りに黄色を塗ったものをべっこう塗と呼びます。

ぼかし塗り
二色以上の上塗り漆を使って、色から色へ変化させる塗り方。たとえば朱から黒への微妙な色の変化が楽しめます。

刷毛目塗(はけめぬり)
絞漆による変わり塗のひとつで、刷毛の通った跡をそのまま残した塗り方。素朴な風合いを楽しめます。

研ぎ出し(とぎだし)根来風など
わざと凸凹に塗った中塗りの上に、異なる色の上塗りをかけて研ぎ、部分的に中塗りの色の模様を現したもの。
もともと根来塗は中塗りの黒に上塗りの朱をかけて、使っているうちに自然に擦り出た黒の風合いを楽しんだもので、現在では意図的に研ぎ出しています。

拭き漆(ふきうるし)
木地の木目を活かすため、木地に薄く生漆を擦り込み、そのあと余分な漆を拭き取る。これを何度かくりかえすことで、木地に落ち着いた光沢が生まれます。

木地呂塗(きじろぬり)糸目・亀甲
拭き漆を数回おこなった木地に、半透明の朱合漆(透漆・溜漆ともいう)で仕上げたもの。透けて見える木地の木目の美しさを楽しめます。

乾漆粉蒔き(かんしつこまき)
乾燥した漆を細かく砕いた粉末(乾漆粉)を漆器に蒔き付ける仕上げ。表面がザラザラと滑りにくく傷がつきにくいので、座卓や卓上膳の表面に使われます。

梨子地(なしじ)
蒔絵の一種で、金銀粉を蒔いたあと透明度の高い梨子地漆で仕上げたもの。梨の実の細かい斑点のような風合いが楽しめます。

輪島塗の取扱いと修理

漆器の洗い方
漆器を洗うこつは、「手が嫌がることをしない」

たわしでこすったり、漂白剤につけたりしたら、手はガサガサ。
貴方の手と同じように扱ってやれば、洗いものも楽しくなります。

塗り物だけを、まとめて洗う

お湯の中で異質の材料のものとぶつかりあうのは、傷のもと。
ガラス屋陶磁器とは別にして、洗ってください。
お湯や水の中で、すべらかな漆の肌はいっそうやわらかい肌ざわり。
生まれたての赤ちゃんにお湯をつかわせている、あの感触が楽しいと洗い場さんは目を細めます。

ひたしておいて、ぬるま湯で

漆器を使ったあとは、料理のカスがこびりつかないよう、乾かぬうちに流しへ。
すぐに洗い上げる時間がなかったら、もともと水野好きな漆器、毎日でなければ一晩水に浮かしておいても平気。ただしこれは、本物の漆器に限ります。

汚れ落としは、使い古しの布で

こびりついた汚れはなるべく湯水でゆるませて、布でぬぐいます。
台ふきんなどで洗えば大丈夫。
使い古した布やスポンジでぬぐいとるように洗うと良いでしょう。

中性洗剤を薄めに使う